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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)230号 判決 2000年7月04日

平成11年(行ケ)第230号事件原告

株式会社フジパーツ

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

尾崎英男

丸山和也

同弁理士

【B】

平成11年(行ケ)第231号事件原告

株式会社エンプラス

代表者代表取締役

【C】

訴訟代理人弁護士

福田親男

同弁理士

【D】

被告

株式会社水木精密

代表者代表取締役

【E】

訴訟代理人弁護士

松尾和子

同弁理士

【F】

同弁護士

中山慈夫

男澤才樹

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告ら

特許庁が平成10年審判第35003号事件について平成11年5月28日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、考案の名称を「磁気テープ用ガイド」とする実用新案登録第19995625号考案(昭和57年11月26日実用新案登録出願、平成5年11月26日設定登録、以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。

原告株式会社エンプラス(以下「原告エンプラス」という。)は、平成10年2月3日に本件考案に係る実用新案登録の無効の審判を請求し、同請求は、平成10年審判第35003号事件として審理された。原告株式会社フジパーツ(以下「原告フジパーツ」という。)は、同年5月29日、同審判について請求人としての参加を申請し、同年10月12日に参加を許可する決定がなされた。特許庁は、同事件につき、平成11年5月28日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年6月25日原告エンプラスに、同月28日原告フジパーツにそれぞれ送達した。

2  実用新案登録請求の範囲

ステンレススチールよりなる軸1と、この軸1の一部分に回転自在に遊嵌された非磁性材料よりなるガイドローラー2と、前記軸1の前記ガイドローラー2の両端部へ近接した部分に圧入固定されたステンレススチールよりなる鍔状のストッパー3,4とを備え、前記軸1の他の部分へ前記ストッパー3,4とは別体でかつ外周にねじが形成された黄銅その他の柔らかい金属よりなるスリーブを圧入固定したことを特徴とする磁気テープ用ガイド。

3  審決の理由

別紙審決書の理由の写しのとおり、原告エンプラスの主張した、本件考案に係る実用新案登録(以下「本件実用新案登録」という。)は、実用新案法5条4項の規定に違反してされたものであるとの理由(無効理由1)、原告らの主張した、本件実用新案登録は、「考案者でない者であってその考案について実用新案登録を受ける権利を承継しないものの実用新案登録出願」(以下「冒認出願」という。)に対してされたものであって、実用新案法37条1項5号違反であるとの理由(無効理由2)によっては、本件実用新案登録を無効とすることはできないと認定判断した。

第3原告ら主張の審決取消事由の要点

審決の理由1(手続の経緯・本件考案の要旨)、2(請求人による無効理由)は認める。同3(請求人の主張)、4(被請求人の主張)、5(参加人の主張)は、おおむね認める(ただし、「無効理由1」に関する、原告エンプラスの主張(5頁2行ないし7頁末行)及び被告の主張(15頁6行ないし17頁8行)は、「無効理由1」についての審決の判断を審決取消事由としないので、認否をしない。また、12頁2行の「水木精密」は「エンプラス」の、同頁16行の「前掲」は「後出」の、誤りである。)。同6(当審における判断)は、審判手続において証拠方法の提出及び証人尋問が行われ、審決が認定した内容の証言がされたこと(39頁14行ないし47頁13行)、【G】(以下「【G】」という。)の証言と【H】(以下「【H】」という。)の証言で面振れの規格値について相違があること及び審決の甲第3号証の試験(以下「甲3試験」といい、そのデータを記載した「試験データ」と題する書面(審決の甲第3号証の添付書類、本訴の甲第5号証の2)を「甲3試験書」という。)では面振れの規格値からはずれるデータが78%又は38%存在すること(47頁15行ないし48頁3行)、【I】(以下「【I】」という。)が昭和56年から57年にかけて、【J】(以下「【J】」という。)のもとに、ガイドローラーの下側に付くストッパーとビデオやVTRの取付ベースに取り付けるねじを切ったスリーブ部に分けたもの(スリーブ部は黄銅(しんちゅう))の話を持ち込んでから、甲第3試験の試験データが得られたのが1年近く経過した昭和57年10月6日の段階であること(48頁6行ないし13行)、本件考案に係る登録出願(以下「本件出願」という。)の日である昭和57年11月26日以前に実用に耐えるシャフトユニットが水木精密(被告)に再度持ち込まれ、その試験を行った後に、被告が実用新案の出願を行ったということを立証する証拠は示されていないこと(48頁16行ないし49頁1行)、【K】(以下「【K】」という。)が証言をした背景(49頁12行ないし50頁7行)、【I】の証言がされていないこと(50頁11行ないし12行)、考案者からの権利の承継と同法37条1項5号の関係についての解釈(50頁16行ないし51頁9行)、「当時の水木精密では、従業員の発明(考案)に対して、権利の承継を書面で行うという規定は存在していない」こと(51頁10行ないし12行)、及び、「下請けであった【I】の持ち込んだ考案に対して正規の承継の書面を作成していたという証拠はない」こと(51頁14行ないし16行)を認め、その余は争う(ただし、「無効理由1」についての判断(35頁5行ないし39頁9行)については、これを取消事由としないので認否しない。)。

審決は、無効理由2についての事実を誤認したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

1  本件考案の考案者について

審決は、「『ガイドローラ』の考案者が【K】ではないとはいえない。また、真の考案者は【I】であるともいえない。」(50頁13行ないし15行)と認定判断したが誤りである。

(1)  本件考案の考案者は、【I】である。すべての証人の証言は、本件考案の真の考案者が、被告の元代表者である【K】ではなく、【I】である点で一致している。本件考案の構成を有する試作品は、昭和56年から57年初めころまでの間に【I】によって初めて作られ、そのときに本件考案は完成している。仮に、【I】によって初めて作られた時期とそのときの構造が十分特定されていないとしても、遅くとも、甲3試験によって実用化可能と判断された時点では、完成していたことは明らかである。そして、【I】が甲3試験書の原本を持っていることは、本件考案の考案者が【I】であることを裏付けるものである。

(2)  審決は、甲3試験の試作品の中に、試験項目のうちの面振れの規格値を満たしていない試作品が多くあったことを特別に重要なことと考え、この試作品が「実用に耐える物」ではなかったから、被告は、この「シャフトユニット」を見て本件出願をしたのではないと判断しているようである。しかし、面振れの制限は本件考案の構成要件ではない。法的見地からは、考案の構成により一つでも反復可能性をもって実施可能であれば、それで考案の完成というべきであるから、たとい22%でも良品があれば、それで考案として十分完成しているのである。しかも、乙第18号証(【L】作成の陳述書)によれば、甲3試験による面振れは、日立製作所という特定の企業の基準で計測されたもののようであるから、なおさら、考案の完成とは関係がないことになる。

2  権利の承継について

審決は、「当審において、審判請求人及び参加人から、出願人である水木精密が【I】から権利の承継を受けていないということを立証するに足りる証拠は何等示されてはいない。」(51頁16行ないし末行)と認定判断したが、誤りである。

(1)  審判手続において、実用新案権者である被告は、本件考案の考案者が【I】であることを争うだけで、【I】の考案について被告が権利を承継したという、考案者が【I】であることを前提とする主張は全くしていない。このような場合に、無効審判請求人は、考案者が【I】であることを立証するだけでは足りず、さらに出願人への権利承継がなかったことまで立証しなければならない、という審決の考えは不当であり、誤っている。

(2)  被告は、【I】から本件考案の実用新案登録を受ける権利を承継していない。

審判体において、そのような承継の有無の問題について当事者に立証を促すこともなかったにもかかわらず、原告らが承継のなかったことを立証する証拠を提出しなかったとして、それによってあたかも承継があったことが事実上推認されるかのような判断をしているが、不当である。

【I】 は、本件考案の実用新案登録に異議申立てをしており、このことは、上記権利の承継がなかったことの重要な証拠である。

第4被告の反論の要点

1  本件考案の考案者について

(1)  本件考案の真の考案者が誰であるかを判断するためには、本件考案の成立過程を技術的見地から明らかにする必要があり、これは、考案成立過程で作成された図面等の客観的資料に基づいてのみなされ得ることである。ところが、原告らの提出した証拠は、本件出願時から15年以上も経過した後に作成された、記憶にのみ依拠した陳述ないし証言にすぎない。言い換えれば、原告らは、実用新案の考案の経緯及び考案の成立ないし完成という技術的な要素に絡む事項を、客観的資料の裏付けもなしに、出願から15年以上も経過した後の陳述ないし証言に依拠して主張しているのであって、それ自体、根本的に無理がある。

【I】は、異議申立手続においても、本件出願が冒認出願であるとは主張しておらず、これまで本件考案の実用新案登録について、冒認出願を理由に無効審判を申し立てたこともない。

【I】が本件考案の真の考案者であるということは、【I】の証言を含めて、証拠の裏付けのない単なる言い分にすぎず、本件考案の成立過程、本件出願に至る経緯、出願後の経緯に関する【I】証言は、【J】、【K】及び【H】の各証言と矛盾し、証言内容自体も不合理、不自然、不可解なものである。

(2)  甲3試験の試作品には、ガイドローラーにおいて極めて重要な技術ポイントである「面振れ」の点で、78%もの不合格品が含まれており、到底実用可能(産業上利用可能)といえるような状態ではない。したがって、甲3試験の結果によっては、本件考案が産業上利用可能かどうかは判断できないから、被告が、このような試験のみに基づいて、その後、試作や試験を一切行わずに本件出願をしたとは考えられない。甲3試験の段階では、本件考案は未完成であったと結論するほかない。

2  権利の承継について

(1)  真の考案者が別に存在していたとしても、権利承継の事実があれば、実用新案権は無効とはならないことは明白である。実用新案権の無効を主張する者は、考案者が別に存在することのみならず、権利承継がないことまで主張、立証しなければならないことは当然である。

(2)  原告は、被告は、【I】から本件考案の実用新案登録を受ける権利を承継していないとして、①審判体において、原告らが承継のなかったことを立証する証拠を提出しなかったとして、それによってあたかも承継があったことが事実上推認されるかのような判断をしていることが不当である、②【I】は、本件考案の実用新案登録に異議申立てをしており、このことは、上記承継のなかったことの重要な証拠である、と主張するが、上記事実を否認する。

【I】は、異議申立手続において、本件出願が冒認であるとは主張していないのである。

第5当裁判所の判断

1  本件考案が出願されたのは昭和57年であって、審判請求時から遡ること十数年前の出来事である。一般に、このように長い年月が経過した場合には、証拠も散逸しがちであり、また、証言や陳述書等の供述証拠も、供述者の利害関係、自尊心、合理化、記憶の変遷、忘却等の要素が相まって、意識的、無意識的に、事実が隠されたり歪められたりして、当時の客観的事実とは異なった供述となるおそれも十分あり得るところである。したがって、本件においては、客観的証拠や客観的事実を基礎においたうえ、絶えずこれらとの整合性を考慮しつつ、事実関係を認定判断すべきである。

2  次の事柄は、その当時作成された書証の裏付けがあるか、又は当事者双方など多数の者が認識できる事実等であって、事実と認定することができる。

(1)  昭和57年10月6日、甲3試験が被告の三島工場で行われた。試験に用いられた試作品の納入者は、被告の協力工場であり、【I】が代表者であった株式会社山田精密製作所(以下「山田精密」という。)である。

(甲5-2)

(2)  同年11月19日ころ、被告社内で、本件考案品の図面が描かれた。

(乙1)

(3)  同年11月26日、本件出願がされた。この時の被告の社長は【K】であり、専務として【M】がいた。

(甲2、乙8)

(4)  同年12月1日、被告社内で、顧客である三洋電機向けの本件考案の実施品の図面の写図が行われ、昭和58年1月21日、同図面が被告から出図された。この段階では、本件考案の実施品は三洋電機に渡されていた。

(甲5-3、甲8)

(5)  昭和59年6月4日、本件考案が出願公開された。

(甲2)

(6)  同年11月5日、【I】は、本件出願を知り、本件考案に類似ないし同一の考案を出願した(以下「【I】出願」という。)。【I】出願の代理人となった・【N】弁理士に対する委任状の日付けは、同年10月26日である。

(甲14、【I】)

(7)  昭和60年6月ころ、【I】が原告エンプラスの協力工場となった。このころまでに、【I】と被告との取引はなくなっていた。

(甲5-1)

(8)  平成2年7月24日、本件考案が出願公告された。

(甲2)

(9)  同年8月29日、【I】が、原告エンプラスのガイドローラ部門の担当者であった【G】に甲3試験書をファクスした。遅くともこのころまでには、【I】は、甲3試験書の原本を所持しており、【G】に対して、本件考案の考案者は自分である旨述べていた。

(甲9、5-2.3)

(10)  同年10月23日、【I】が本件考案について、【O】弁理士(以下「【O】弁理士」という。)を代理人として登録異議の申立てをした。【I】は、異議申立ての理由として、本件考案が出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、進歩性がないという主張をしたのみで、本件出願が冒認出願であるとの主張はしなかった。

(乙15、17)

(11)  平成3年5月ころ、【K】が、現在の被告代表者に対し、水木精密は今後の見通しも立たない状況に陥った、貴殿のお力で水木グループの再建を果たしていただきたくお願い申し上げる、自分は被告の取締役を辞任し、鎌倉市<以下略>の【K】名義の居宅を明け渡す、水木グループの再建の妨げとなるような行為は一切しない等という内容の、「お願い書」と題する書面を書いた。

(乙3)

(12)  平成3年11月19日、株式会社フジパーツ(原告フジパーツは、これを同社の「いわゆる前身とも言える会社」という。以下「旧フジパーツ」という。)が設立され、磁気テープガイドの製造販売を開始した。同社の代表取締役は、同年10月6日に被告を懲戒解雇された【M】であり(ただし、【M】は解雇の効力を訴訟で争い、後に訴訟外の和解が成立している。)、【K】、【J】、【P】(【K】の子で、被告従業員であった。)、【Q】(【K】の娘婿で、被告従業員であった。)が同社の取締役に就任した。

(乙9、14)

(13)  平成5年8月6日、本件考案の登録異議申立てが棄却された。

(乙17)

(14)  同年11月26日、本件実用新案登録がされた。

(当事者間に争いがない。)

(15)  平成7年5月18日、旧フジパーツが解散し、同年6月27日、原告フジパーツが、旧フジパーツと同一の商号、資本の額及び目的を掲げて設立され、旧フジパーツの業務と磁気テープ用ガイドの製造販売を引き継いだ。【M】及び【P】が代表取締役に就任し(ただし、【P】は後に辞任。)、【Q】、【K】が取締役に就任した(ただし、【K】は後に辞任し、相談役となった。)。

(乙8、14)

(16)  平成9年2月15日、被告は、原告フジパーツに対し、本件実用新案権侵害を理由として、同社の磁気テープ用ガイドの製造販売の中止等を求める内容証明郵便を送付し、同年5月21日、上記製造販売の差止めを求める仮処分を申し立てた。

(乙14)

(17)  平成9年11月、被告は、原告エンプラスに対し、本件実用新案権侵害を理由として損害賠償請求訴訟を提起した。

(弁論の全趣旨(原告第1準備書面12~13頁))

(18)  平成10年2月3日、原告エンプラスが審判を請求し、同年5月29日、原告フジパーツが審判に参加を申請した。

(当事者間に争いがない。)

3  本件考案の考案者について

(1)  甲3試験に用いられた試作品の「シャフトユニット」は、面振れにおいて規格内のもの(22%又は62%)もあるが、規格外品(78%又は38%)が多かった(甲5-2、7、10)。しかし、甲3試験の試作品は、「磁気テープ用ガイド」に使用することが可能なものが含まれているのであるから、遅くとも甲3試験の段階では、本件考案は完成していたものというべきである。

(2)  【J】は、甲3試験の前に、本件考案に関係する試作品が作られたと供述し、その可能性はあるというべきであるけれども、その構成がどのようなものであったのか、また、それが「磁気テープ用ガイド」に使用することが可能なものであったのかについては、何の裏付けもないから、甲3試験の前に、本件考案が完成していたと認めることはできない。

また、本件考案に係る着想(アイデア)を【I】がどのようにして被告に持ち込み、完成させたかという点について、【J】は自分が窓口になったと供述し、【I】は【J】の関与を否定し、両供述は相反するが、双方とも、裏付けとなる証拠はない(甲7、【I】)。

以上のとおり、本件考案の完成までの過程については、証言が対立しているうえ、客観的な証拠が乏しいため、結局、その過程は判然としないというほかはない。

(3)  しかし、甲3試験の試作品の納入者が山田精密であること、【I】が甲3試験書の原本を所持していること、【I】は本件考案の公開を知って【I】出願をしていること、【I】は、遅くとも平成2年ころには、【G】に対し本件考案の考案者が【I】である旨を述べていたこと、及び、本件全証拠によっても【I】とは別に本件考案を考案した可能性のある者がいたとは認められないことを総合的に考慮すれば、【I】は、本件考案の完成に深く関与しており、【I】なくして本件考案の完成はなかったことを推認することができる。そうすると、本件考案の完成までの過程は判然とはしないものの、【I】は、本件考案の考案者(単独の考案者か、共同考案者の一人かはともかくとして)であるというべきである。

4  権利の承継について

(1)  前認定のとおり、【I】は、本件考案の考案者であると認められるけれども、そのことをもって、本件出願が冒認出願であるということはできない。なぜなら、被告が【I】から本件考案について実用新案登録を受ける権利を承継していないとするには、次の疑問があるからである。

ア 【I】は、昭和47年ころから、精密部品の製造販売をしている山田精密の代表者となり、技術者として、新たなアイデアが浮かんだときにはまず特許出願、実用新案登録出願をすべきであるという知識はあった(【I】)。そして、 【I】は、自分で考えたものが新型ガイドローラーとして画期的なものになると認識していたと供述する。ところが、【I】は、本件考案が実用化された後も出願をしようとはせず、本件考案が出願公開された後に、【I】出願をしたのみである。

この点に関して、【I】は、【K】との間で、共同出願の約束ができていたと供述する。しかし、そうであるならば、早く明細書の記載内容(特許請求の範囲や考案の詳細な説明等の具体的内容等)の検討や手続(委任状の交付等)をしなければならず、放置すれば、考案が公知公用、公然実施となるおそれがあるものである(昭和58年1月21日の時点では、本件考案の実施品が三洋電機に渡され、同図面が被告から出図されている。)。ところが、本件全証拠によっても、本件考案の出願公開前に、【I】がこのような検討や手続を要請した形跡も、出願についての確認を求めた形跡も、認めることができない。【I】の上記供述は、直ちに採用することができない。

イ 【I】は、本件考案に対して、弁理士に委任して登録異議申立てまでしながら、本件出願が冒認出願であるという主張をしていない。

この点に関して、【I】は、異議申立て代理人の【O】弁理士から、ほかの方法で闘える方法があるから、本件出願が冒認出願であるという主張をすべきではないという趣旨の助言を受け、あえて冒認出願の主張をしなかったと供述する。しかし、【I】は、その「ほかの方法」が何であるのかという質問には答えない(【I】)。しかも、今もって本件実用新案の権利者が被告であることからすれば、その「ほかの方法」は、結局は、全く効果がなく、失敗に終わったものと考えざるを得ない。

ところが、【O】弁理士は、異議申立てが棄却された後も、山田精密ないし【I】の顧問弁理士とみられるような立場にあり、本件に関する【I】と原告エンプラスとの交渉にも【I】側の立場で深く関与するなど、【I】との間に信頼関係が続いているから、異議申立てに関する【O】弁理士の助言や事務処理は、【I】が大きな不満を持つようなものではなかったことも推認されるところである(甲11、【I】)。

弁理士に委任して登録異議申立てをするためには、相当の労力と経済的負担を必要とすることは明らかであるが、そうまでして登録異議申立てをしながら、冒認出願の主張をしなかったということからすれば、遅くとも前記登録異議の段階では、【I】には、本件出願が冒認出願であるという主張ができない事情があったものと認めざるを得ない。そして、【I】は、冒認出願の主張をできないがゆえに、やむなく、本件考案には進歩性がないという主張(あるいは、これが前記「ほかの方法」かもしれない。)をせざるを得なかったものと推認されるのである。

登録異議の段階では、被告と【I】との取引はなくなっており、山田精密は、被告の競争相手である原告エンプラスの協力工場であったから、【I】において、冒認出願を主張することによる取引上の悪影響を考慮する必要があったとは考えられない。したがって、上記本件出願が冒認出願であるという主張ができない事情とは、上記のような取引上の影響の考慮ではないものと認められる。

ウ 冒認出願にも、例えば考案に関与した2人のうちの、いずれが考案者でありいずれが補助者であったのか、あるいは共同考案者であるのか、ということを巡る見解の相違により、過失によって結果的に冒認出願となったという場合もある。しかし、【K】は、本件考案については、そのような場合ではなく、【I】の考案を「取っちゃった」(甲8の31頁)、すなわち盗んだということであり、当初から【I】に申し訳ないと思っていたと供述する。ところが、【K】は、これまで【I】に謝罪した様子も、【K】に考案を盗取されたことにより【I】が被った損害の賠償を申し出るような行動に出た様子も認められない。それどころか、【K】は、平成9年3月ころ、【I】の依頼を受けた【O】弁理士から、本件考案の考案者は【I】であり、それに関する権利は【I】にある旨の陳述書の作成を求められて、これを拒絶したと供述する。すなわち、同月ころは、既に被告から原告フジパーツに対して、本件実用新案権を理由とする磁気テープ用ガイドの製造販売の差止め等を求める内容証明郵便が到達しており、被告からの仮処分、訴訟は当然予期できたところであるから、【I】が冒認出願を理由として本件実用新案登録の無効審判請求をするならば、これに協力することは、【K】の利益でもあるはずであるのに、拒絶したというのである。そうだとするならば、【K】は、【I】の考案を「取っちゃった」のではなく、【I】に対して、何らかの言い分があると推認せざるを得ない。

(2)  前記4(1)の疑問点は、本件出願が冒認出願であるとした場合には、説明のつかない事実であり、むしろ、【I】は、本件出願を冒認出願であると法的手続において主張できない何らかの事情があるために、このような事実が起こっていると考えるべきである。すなわち、そのように考えないと、前記2及び4(1)認定に係る事実と整合しないのである。

例えば、【I】は、本件考案の考案者であるものの、被告の下請けとしての立場や、【K】ないし被告から何らかの代償を得ることで、被告が本件出願をすること自体は了解してしまった(すなわち、実用新案登録を受ける権利を譲渡していた)が、後から冷静に考えると、「【K】ないし本件出願のころの被告側関係者に丸め込まれて、わずかな代償で被告が本件出願をすることを了解してしまったのであって、代償が少なすぎる、了解をさせられたときのやり口が汚い」等と憤慨しているものの、本件出願を了解してしまったことは取り返しがつかず冒認出願の主張をすることができないため、何とかして「ほかの方法」で対抗しようとして、【I】出願や登録異議申立てに及んだ、という可能性も考えられる。もっとも、これはあくまでも想像にすぎず、【I】は、本件出願は了解したものの、本件考案の公開公報を見て考案者として【I】の名前が出されていないことに怒り、【I】出願や登録異議申立てにより自己の考案者としての名誉を守り、【K】が考案者となるのを阻止しようとしたとか、【I】の言い分は、本件出願を了解したときの条件が十分守られない点にあるとか、他の事情があるのかもしれない。その具体的事情は不明ではあるものの、前記2及び4(1)認定に係る事実を統一的に説明しようとすれば、【I】は、本件出願について了解はしたものの、その後の経緯等が不本意であるため、前記2及び4(1)認定のような行動を取っていると考えるのが最も合理的である。

しかし、いずれにせよ、前記のとおり、本件考案の考案者である【I】において、前記登録異議申立ての時点において、本件出願を冒認出願であると主張できない事情があり、その事情が取引上の配慮等、法律的理由以外のものとも認められない以上、本件考案の実用新案登録を受ける権利は、遅くとも前記登録異議申立ての時点までには、【I】から被告に承継されていたものと推認すべきである。

実用新案法37条1項5号所定の無効事由(冒認出願)は、権利の帰属に関する問題であって、正当な権利者に権利が与えられたか否かが問題とされるのであるから、出願人が実用新案登録の時までに実用新案登録を受ける権利を承継していた場合には、その出願人の出願に対してされた実用新案登録は、同号にいう「考案者でない者であってその考案について実用新案登録を受ける権利を承継しないものの実用新案登録出願に対してされた」実用新案登録に当たらないものと解すべきである。したがって、本件出願は、冒認出願、すなわち「考案者でない者であってその考案について実用新案登録を受ける権利を承継しないものの実用新案登録出願」ではないものというべきである。

(3)  被告は、【I】が本件出願を冒認出願であると主張できない事情について、具体的な主張をしていない。しかし、本件考案ないし本件出願は審判請求時を遡ること十数年前の出来事であること、その間、被告は、経営者が交代し、社長であった【K】、専務であった【M】、三島工場の事業部長ないし工場長であった【J】が円満ではない形で退社して原告フジパーツに関係しており、同工場の副工場長であった【R】は死亡していること(甲7、10、乙3、14、【I】)など、本件考案ないし本件出願に関する事情を知る可能性がある者と被告とが協力的な関係にないことを考慮すれば、被告にとってもその事情が分からないとしても、そのことを不自然ということはできないから、上記の点について被告が具体的主張をしないことは、前記認定の妨げとなるものではない。

(4)  この点に関して、原告らは、【I】が本件考案の登録異議申立てをしたことが、【I】から被告に対する権利の承継のなかったことの重要な証拠であると主張する。しかし、【I】は、折角弁理士に委任して登録異議申立てまでしながら、冒認出願の主張をしていないのであるから、冒認出願の主張をできない事情があったと考えなければ、辻褄が合わない。そうである以上、上記登録異議申立てを、【I】から被告に対する権利の承継がなかったことの証拠ということはできない。

原告らの主張は、採用することができない。

5 以上のとおりであるから、 原告ら主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

第6よって、本訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、65条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

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